E.N.R. クリプトモネダス

"Everybody Needs A Retreat." - 雑記帳

一神教の非合理なダイナミズム:イスラム「過激派」は現代の「宗教改革」運動?

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自国の運命の半分をアメリカに預けている日本人は、かの国が非常に宗教的な、あるいは宗教的情熱に駆られた運動体であることをもっと認識した方がいいと思います。

以前、以下の記事を書きました。今回はそれに関連して、アメリカの宗教性がリベラリズムに根差しており、リベラルの全能感が彼らのイスラム観を歪めている点を指摘したいと思います。

btcmatters.hatenablog.com

 

イスラム観の錯綜

アメリカでは保守とリベラルの間でイスラム観に違いがありますが、ご多分に漏れず、メディアが垂れ流すリベラルのイスラム観は誤謬に満ちています。

しかし少数意見ではありますが、保守派には異なるイスラム理解も存在しています。

イスラムの隠れリベラル化?

まずは世俗的アメリカのイスラム観を見ましょう。

最近でこそカウンターパンチを食らっていますが、欧米のリベラルには全能感が蔓延していて事態を客観的に見られないようです。彼らは「やがて全人類がリベラル化していく、そうなれば理想の地球が訪れる」という堅い確信を抱いており、その確信に基づいてイスラムを色眼鏡で眺めてしまうのです。

彼らには「本当は欧米のようなリベラルが増えているのに、なぜ素直にリベラル社会にならず、テロ集団を生み出すのか」というように映っているようです。何たる傲慢、何たる無知でしょう!

少しでもイスラム法シャリーア)というものを勉強すれば、イスラム社会のリベラル化がいかに難しいかわかるはずです。もちろんイスラム教徒にもリベラルな人はいるし、リベラルな政治運動もあったのです。でも時間が経つと必ずシャリーアをベースにしたウンマイスラム共同体)へ回帰してしまいます。

それくらいウンマの伝統拘束力は強いわけです。それはイスラムの多数派がリベラルを志向していない証拠です。別に抑圧されて無理をしているわけではないのです。アラブの春の帰結を見れば明らかではないでしょうか?

 

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宗教改革の必要性?

もうひとつ、リベラルは西洋史イスラムに当てはめる愚を犯しています。イスラム教もルターのような「宗教改革」を経れば世俗化して民主主義化するのではないかという、進歩史観です。

でも、イスラムの「宗教改革」ならすでに起きています。以下の引用に出てくるサラフィー主義です。

実際、サウジアラビアという強権独裁国家はサラフィーから18世紀に派生したワッハーブ派がつくった国なのです。西洋人が考えるのとは違い、イスラムの「宗教改革」は神離れを引き起こさず、逆にアッラーフ(アラーの神)への回帰を促したのでした。

 

すでに「宗教改革」後のイスラム世界

でも、アメリカの名誉(?)のため、もう少し冷静な意見もあるという例をお目にかけましょう。「宗教的なアメリカ」はこのように見るという一例です。

アメリカの保守系政治学者のウォルター・ラッセル・ミードという人が『神と黄金 イギリス,アメリカはなぜ近現代世界を支配できたのか』(青灯社、2014年)という本の中で、いわゆる「過激派」イスラム勢力について以下のように書いています。

イスラームワッハーブ派サラフィー主義の運動およびそれらに根ざす政治運動は、〔キリスト教の〕宗教改革における最も急進的なプロテスタント諸派の運動と不気味なほど似ている。・・・(中略)・・・ワッハーブ派もその他の現代の改革派ムスリムたちも、イスラームの本源回帰を望んでいる。それはちょうどピューリタン使徒時代の純粋なキリスト教への回帰をめざしたのとよく似ている。

 

中長期的に見れば、これは明るい兆しである。プロテスタント宗教改革は、それにいかなる問題があろうとも、近代の動的社会を発展に向かわせる環境をつくったことは確かである。その運動から生じた宗教闘争、教義上の革命、個人の改心体験、迫害、犯罪、政治闘争は、ベルグソンのいう動的宗教(ダイナミック・リリジョン)を発生させ、ひいては新たな社会を生み出すことを立証した。

 

今日イスラームは活発な宗教となっており、世界が激変するなかで真性の声を聴こうともがいている。これはムスリム、非ムスリムのいずれをも等しく不安にさせ、時として恐怖させる危険な現象である。だがそれはまた、偉大な文明に特有の生命力と積極的関与(エンゲイジメント)の重要な現れでもある。

 

kotobank.jp

ja.wikipedia.org

 

ミードさんは、かつてのプロテスタント、とりわけアメリカ建国のメインエンジンとも言えるピューリタンの姿に重ね合わせて、イスラム「過激派」の改革運動を肯定的に捉えているのです。血で血を洗う予感はあるものの・・・

 

一神教の大爆発

「ダイナミックな宗教」は確かに大きく西洋史の流れを変えました。

カトリック教会が1000年にわたって溜めに溜めたマグマは14世紀の神学論争(普遍論争)あたりから徐々に地上に噴出しはじめ、16世紀に「宗教改革」という大爆発を起こしました。

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プロテスタントの拡大


大爆発で生まれた活火山がプロテスタントです、プロテスタントの誕生は不可逆的な変化をもたらし、人間が主役の世界観を生みます。もはやヨーロッパに収まりきらなくなったマグマ放出運動は17世紀には新大陸に飛び火して「新たなエルサレム」としてのアメリカ合衆国を建設するに至ります。

 

同化と異化の運動

火のついた宗教運動ほど凶暴で被害甚大な、内輪にとっても危険極まりない運動はないわけですが、それは一神教というシステムの宿命でもあります。

一神教はそもそも「帝国」の宗教であり、異質な要素のせめぎあいを調停するための発明ですので、その内部には異質な要素がどんどん流れ込みます。

それを束ねるのが強固な法意識であり、統治システム(哲学など抽象次元の原理を含む)です。しばらくは秩序が保たれ平穏が続くのですが、次第に矛盾や異化の作用が湧き上がってきます。ヨーロッパの宗教改革とは、要するにカトリック教会の腐敗を浄化する原点回帰運動でした。

現代イスラム教に起きている「落ち着かない風情」も、運動者たちの本音は中世ヨーロッパに似た回帰衝動、腐敗浄化運動だとミードさんは観ているわけです。それがサウジアラビアと違うかたちに帰結するかどうかは未知数です。イスラム改革派が求めるイスラム法への回帰は世俗(リベラル)化への契機に乏しいからです。

そこが世俗を治めたローマ法を基盤にできた西洋社会との決定的な違いではないでしょうか?

さらにリーマンショックを経た現在、いまさらリスキーな金融資本主義をイスラムが選ぶ可能性はゼロに近いでしょう。利子を禁じるイスラム金融を捨てる理由が見当たりません(利子の禁止もイスラム法に基づきます)。

 

リベラリズムの危うさ

アメリカという国には伝統がありません。ですから保守とかリベラルとか分けても意味はなく、本質的にはリベラルしかいません。リベラル=プロテスタントと言っても間違いではないでしょう。彼らの特徴は過去に参照枠、守るべき価値システムを持たない点にあります。ヨーロッパ的な保守は存在しえないのです。

 「新しきエルサレムアメリカはリベラルがカトリックの呪縛を振り払い、力づくで世界一にのし上がって作った王国です。彼らの主観の中では、アメリカに渡ったピューリタン出エジプト記のモーゼ一行だったのです。

すでにルネッサンスを経て自然科学が十分に発達した世界において彼のそうした情熱なり使命感なりは「非合理な熱狂」だったはずですが、その非合理が大国アメリカを生んだ一神教の強さとも言えます。

基本的に英米アングロサクソンは経験論の文化であり、帰納法の世界観で生きています。ですから、目で見たもの、自分が直接経験したものしか信じないし、データを重んじ、論理を突きつめるのが好きです。ピューリタン的な熱狂あるいは禁欲とは一見矛盾するかに見えるのですが、そこが一神教の怖いところで、究極的な責任は神に預け、青の世で償うつもりなので、現世では何をしてもかまわないわけです。これはけっして冗談半分で言っているのではありません。ブログ主の交際経験からの実感なのです。

 

新旧キリスト教徒の違い

カトリックと違ってプロテスタントの世界観は「予定説」なので救われる者、救われない者はすでに決まっています。さしずめ日本人はじめ異教徒は真っ先に地獄行き認定です。これも冗談で言っているのはありません。

その意味でキリシタンを禁止した秀吉や家康の勘働きのよさを尊敬しています。プロテスタントは気の置けない友人には不向きですが、ドライなので商売相手にはうってつけです。優れた政治家の嗅覚がその本質を探り当てたのだと思います。

だから、もしプロテスタントのオランダではなく、カトリックポルトガルやスペインを鎖国後の交易相手に選んでいたら今日の大国日本はなかったでしょう。

 

イスラム教は本当に「近代化」する過程にあるのか?

ミードさんの言う「明るい兆し」は、ユダヤイスラエルの台頭を考えると楽観論に過ぎるでしょう。先に書きましたように、すでにイスラムはポスト「宗教改革」の時代を生きているのです。

イスラエルには若いアメリカが寄り添っています。アメリカで国民の分断に危機感を募らせれば、いつ「第五次大覚醒」を起こさないとも限りません。

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そうなればアメリカの宗教的熱狂は世界を巻き込まざるを得ないでしょう。一神教世界は時限爆弾のような性質を持っており、彼らの内部に矛盾が溜まると必ず原点回帰が起こります。だから要注意なのです。

 

福音派こそアメリカの土着宗教

アメリカ国民の1/3は福音派(Evangelical)です。アメリカのメガチャーチと呼ばれる巨大教会はほとんど福音派の組織です。福音派はいわゆる教派ではなく、広域連合体のような存在です(会衆派)。最大教派のバプティストに所属する福音派もいれば、メソディストに所属するメンバーもいます。

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福音派は「聖書に書いてあることを一言一句信じる」点で、建国時のピューリタンに最も近い信仰姿勢を貫いてます。もちろん十分に世俗化し、自然科学で迷信が排除された世界の常識はわきまえていますが、「あえて」そのように信仰しているのです。

アメリカ社会は建国当初から教会が地域をつくり、教会が教育を与え、教会が「社会保障」を担い、プロの説教師が教えを広めてきた社会なので、最も土着性の高い福音派の台頭はある意味ごく自然な流れです。

 

千年王国願望

とはいえ、「千年王国」を待望する彼らは本家イスラエルを支持せざるをえません。聖書のヨハネ黙示録にそう書いてるからです。

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イスラエルに敵対するイランは、スンニ派サウジの「宗教改革」派と反目し、反革命で「アメリカ」(欧米リベラリズム)を否定した国である以上、絶対に引き下がりません。ハルマゲドンが先か、イスラム内部での何らかの融和の動きが先か?ユダヤ人が絡んでいるだけに問題は複雑怪奇で、予断を許しません。