E.N.R. クリプトモネダス

"Everybody Needs A Retreat." - 雑記帳

無神論と不可知論ってどこがどう違うの?

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英語圏で暮らしていると、折に触れ神を意識させられます。極端にいうと、神に対する態度を決めないと就職もできないし、結婚もできません。そのせいでしょうか、人が神にどんな考えをしているかについて、うるさいくらい違うことばがあります。

今回はその辺を整理します。ネタ元は↑の記事です。一部割愛しながら引用します。

無神論者(atheist)と不可知論者(agnostic)

No matter what their reasons or how they approach the question, agnostics and atheists are fundamentally different, but also non-exclusive. Many people who adopt the label of agnostic simultaneously reject the label of atheist, even if it technically applies to them.

不可知論者(agnostic)と無神論者(atheist)は根本的に違う。しかしお互い相容れない概念でもない。不可知論者の多くは無神論者というレッテルと嫌う。

In addition, there's a common misconception that agnosticism is somehow a more “reasonable” position while atheism is more “dogmatic,” ultimately indistinguishable from theism except in the details. This is not a valid argument because it misrepresents or misunderstands everything involved: atheism, theism, agnosticism, and even the nature of belief itself.

一般に不可知論には「理性的」、無神論には「教条的」というイメージがある。それと同時に、有神論に比べれば究極的にはどちらも似た者同士というイメージもある。だがこれは誤解である。無神論、有神論、不可知論、信仰の本性―、これらすべてにわたる誤解なので注意したい。

無神論者の意味

An atheist is anyone who doesn't believe in any gods. This is a very simple concept, but it's also widely misunderstood. For that reason, there are a variety of ways to state it.

無神論はいかなる神も信じない人のこと。とてもシンプルだが、誤解を生みやすい概念でもある。そのせいか、いろいろな規定が存在する。

Atheism is the lack of belief in gods; the absence of belief in gods; a disbelief in gods; or not believing in gods.

無神論とは・・・

「神への信仰の欠如である」「信仰の不在である」「神への不信である」「単に神を信じないことである」などなど。

The most precise definition may be that an atheist is anyone who does not affirm the proposition "at least one god exists." This is not a proposition made by atheists.

おそらく無神論者のもっとも正確な定義は、「『少なくても一柱は神が存在する』という前提を承認しない人」ということになる。

Being an atheist requires nothing active or even conscious on the part of the atheist. All that is required is not "affirming" a proposition made by others.

無神論者であるためには取り立てて自発的な行動は必要ない。自分が無神論者だという自覚もいらない。他人が受け入れている「前提」を受け入れなければいいだけである。

不可知論者の意味

An agnostic is anyone who doesn't claim to know whether any gods exist or not. This is also an uncomplicated idea, but it may be as misunderstood as atheism.

不可知論者とは、神は存在するかどうかについて態度を保留している人のこと。こちらも概念はシンプルだが、無神論と同じくらい誤解されやすい概念である。

One major problem is that atheism and agnosticism both deal with questions regarding the existence of gods. Whereas atheism involves what a person does or does not believe, agnosticism involves what a person does or does not know. Belief and knowledge are related but nevertheless separate issues.

そうなる一番大きな理由は、どちらも神の存在に関わる概念だからだ。無神論はある人が信じるか信じないかに関係しているのに対して、不可知論はある人が神について何を知っているか知っていないかに関係している。「信じること」と「知ること」は無関係ではないが、かといってイコールで結べない別個の問題だ。

There's a simple test to tell if one is an agnostic or not. Do you know for sure if any gods exist? If so, then you're not an agnostic, but a theist. Do you know for sure that gods do not or even cannot exist? If so, then you're not an agnostic, but an atheist.

ある人が不可知論者かどうかがわかる簡単なテストがある。

「神が存在すると確実に知っていますか?」という質問への答えがイエスの人は不可知論者ではなく、有神論者だ。

「神が存在しない(存在しえない)と確実に知っていますか?」という質問への答えがイエスの人は不可知論者ではなく、無神論者だ。

Everyone who cannot answer "yes" to one of those questions is a person who may or may not believe in one or more gods. However, since they don't also claim to know for sure, they are agnostic. The only question then is whether they are an agnostic theist or an agnostic atheist.

どちらかひとつでもイエスと答えられない人は、神を信じている可能性もあるが、信じていない可能性もある。しかし確実に知っていると主張していないのだから、不可知論者であるのは間違いない。

ここから導かれる結論は、本当に問うべきは、ある人が「不可知論者にして有神論者」なのか「不可知論者にして無神論者」なのかということになる。

不可知論者にして無神論者vs不可知論者にして有神論者

An agnostic atheist doesn't believe in any gods while an agnostic theist believes in the existence of at least one god. However, both do not make the claim to have the knowledge to back up this belief. Fundamentally, there is still some question and that is why they're agnostic.

不可知論者にして無神論者の人はいかなる神も信じない。不可知論者にして有神論者の人は少なくても一柱は神が存在すると信じている。では、両者はなぜ自分たちは「そのことを知っている」と主張しないのか?そこにはまだ考えていない理由があるからだ。

This seems contradictory and difficult, but it's actually quite easy and logical.

こういうと複雑怪奇で難しそうに聞こえるかもしれないが、実際は簡単にわかる理屈である。

Whether one believes or not, they can also be comfortable in not claiming to know for sure that it's either true or false. It occurs in many different topics as well because belief is not the same as direct knowledge.

人はあることを信じているか信じていないかにかかわらず、それを正しいか間違っているか確実に知っていると主張しない方が心地よいのだ。これは神の問題に限らない。信じることと直接知っていることは同じではないのだ。

Once it is understood that atheism is merely the absence of belief in any gods, it becomes clear that agnosticism is not, as many assume, a “third way” between atheism and theism. The presence of a belief in a god and the absence of a belief in a god does not exhaust all of the possibilities.

無神論が神への信仰の不在に過ぎないとわかれば、不可知論が、多くの人の言うように、有神論と無神論の間にある「第三の道」ではないことは明らかだろう。「神への信仰の存在」と「神への信仰の不在」がすべての選択肢ではないからだ。

Agnosticism is not about belief in god but about knowledge. It was originally coined to describe the position of a person who could not claim to know for sure if any gods exist or not. It was not meant to describe someone who somehow found an alternative between the presence and absence of some particular belief.

不可知論とは神への信仰ではなく、それを知っているかどうかに関わっている。不可知論ということばは、神の存在も不存在も確かに知っていると主張できない人の立場を表現するために作られたことばだ。ある信仰の実在と不在という二者択一に直面する人を言い表すことばではないのだ。

Yet, many people have the mistaken impression that agnosticism and atheism are mutually exclusive. But why? There's nothing about "I don't know" which logically excludes "I believe."

にもかかわらず、不可知論と無神論は相互排他の関係にあると誤解する人が後を絶たない。なぜだろう?「わからない」からといって必ずしも「信じる」を排除する理屈にはならないではないか。

On the contrary, not only are knowledge and belief compatible, but they frequently appear together because not knowing is frequently a reason for not believing. It's often a very good idea to not accept that some proposition is true unless you have enough evidence that would qualify it as knowledge. Being a juror in a murder trial is a good parallel to this contradiction.

「知っている」と「信じる」は矛盾しない。それどころか、しばしば両立している。これは「知らない」が「信じない」と結びつきやすいのと裏腹の関係にある。ある前提が主張されている場合、十分な証拠をもってそれを知識と認定できない限り、その前提を真実として受け入れない方が得策である。殺人裁判の陪審員になることを考えれば、主張と真実の間にある溝は明白だろう。

不可知論者ではない人vs無神論

By now, the difference between being an atheist and an agnostic should be pretty clear and easy to remember. Atheism is about belief or, specifically, what you don't believe. Agnosticism is about knowledge or, specifically, about what you don't know.

以上で無神論者と不可知論者の違いはクリアになったと思う。無神論は信仰の問題、それも不信仰にウェイトのかかった態度である。不可知論は知識の問題、それも知らないということに重きを置いた態度である。

An atheist doesn't believe in any gods. An agnostic doesn't know if any gods exist or not. These can be the exact same person, but need not be.

無神論者は神を信じない。不可知論者は神がいるかいないか知らない。これらを同時に満たす人もいるが、そうでない人もいる。

In the end, the fact of the matter is that a person is not faced with the necessity of only being either an atheist or an agnostic. Not only can a person be both, but it is, in fact, common for people to be both agnostics and atheists or agnostics and theists.

無神論者か不可知論者か、そのどちらかひとつでなければいけないということはない。不可知論者にして無神論者の人もいて、不可知論者にして有神論者の人もいる。それがふつうからだ。

無神論者に対する偏見

It is worth noting that there is a vicious double standard involved when theists claim that agnosticism is “better” than atheism because it is less dogmatic.

無神論のように教条主義的でない分、不可知論の方がましだと有神論者が主張する場合、そこには悪質なダブルスタンダードがあることに警戒しよう。

If atheists are closed-minded because they are not agnostic, then so are theists.

無神論者が「不可知論者でない」ことをもって偏狭だというなら、有神論者も偏狭だといわざるをえない。

People who are unafraid of stating that they indeed do not believe in any gods are still despised in many places, whereas “agnostic” is perceived as more respectable.

神を信じないと堂々と主張する人は多くの場合、軽蔑される。しかし不可知論者は無神論者よりは尊重されやすい。

<記事引用終わり>

 メンドくさい議論だが・・・まとめ

訳していても面倒になりますが、下の図で少し視界がすっきりするかもしれません。

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出典: https://www.quora.com/When-will-the-United-States-have-an-agnostic-or-atheist-president

上の2つ、可知論者かつ無神論者、可知論者かつ有神論者って強いんですよね。なんせ神がいるかいないか100%確信があるわけですから。これは相当なもんです。見神体験なんてことばもありますから、有神論者の方はまだしもわかります。

すごいと思うのは、100%シュアな無神論者の方です。どうやったら、神の不在を完全に確信できるんでしょう?しかも西洋世界でそう主張するなんて。相当見上げた根性してます。

大方の人は下の2つのどちらかではないでしょうか?「何となくいるんじゃね?」か、「何となくいねぇんじゃね?」の二択です。

全世界の半数以上は一神教徒なわけですが、そのマジョリティは「何となくいるんじゃね?」派(agnostic theism)じゃないかと思います。

グノーシスについて

ところで、このa-gnoticですが、反対語はgnosticで、語源はギリシャ語のgnosisです。知恵とか知識とかいう意味です。

gnosticismといえばグノーシス主義とかグノーシス思想。これはヘレニズムといって、アレクサンダー大王がにっくきペルシャを滅ぼしてギリシャ帝国を建てた時代から、連綿とある神秘的な宗教思想を指します。インドやペルシャあたりの宗教思想が、メソポタミアや中東、さらにはエジプトやギリシャと混ざり始めて、思想の大運動会みたいなのが始まりました。

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出典: http://www.chalquist.com/writings/junggnostics/

 

一着ゴールするのはキリスト教ですが、それが確定するまでの間に、「100%確信した人たち」がぞろぞろ出てきて、キリスト教と真逆なことを唱えはじめました。

あんなヤハウェとかイエスとかはいんちきだ。この世をつくった神はポンコツで、そいつがつくった人間の体なんて穢れてる。ホントの神をオレ達は知ってる。オレ達はホントの神とひとつになるしか救われないんだぁ・・・っていう、いかにも異端扱いされそうな人たちです。これがグノーシス主義、英語では単にgnostic(s)です。

最終的に個人救済を求める点でキリスト教と同じなんですが、あちらが万人向けなのに対し、こちらは特定少数者向けなわけです。だからグノーシスに分類される宗教や結社は秘儀宗教とか密議宗教とか結社とか呼ばれてます。

歴史の闇に消えたはずが、西洋では(いや実はイスラム世界でも)連綿と命脈を保ってきました。それどころか、西洋の画家や小説家や音楽家、果ては神学者や哲学者や科学者に至るまで、グノーシスに限りませんが、神秘思想(mysticism)にお世話にならなかった人の方が珍しいです。

とにかくマンガ、アニメ、SF、小説、イラスト、絵画なんかのネタの宝庫なわけです。オウム真理教や精神世界系が好きなイニシエーションとか、ぜんぶこの辺に出元があります。