EUは究極のミスマッチ:追いつめられているのはUKではなくフランス
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今回ノートルダムが燃えたとき、いよいよフランスが切羽つまってきたな、という感想を持ちました。イエローベスト運動封じのために政策転換を試みたマクロン大統領。その大一番の芝居を打つ日に聖地に炎上されてしまうという筋金入りの疫病神。
これでフランスは「詰んだ」と言えるのではないでしょうか?
- フランスはいつまで浮気し続けられるのか?
- EUの未来はフランスの決断にかかっている
- Are the French ever going to come to their senses?
- フランスはいうほど個人主義の国ではない
フランスはいつまで浮気し続けられるのか?
仏独は呉越同舟。フランスはこのままドイツと歩調を合わせ、究極のいい子ぶりっこ(進歩的リベラリズム)を続けても、矛盾のマグマが鬱積するだけです。
例えば、一連の移民受け入れ政策はヨーロッパを自死に追い込む究極の悪手です。それもこれも、子分のアメリカを従えて時代の先頭をひた走るUKの影を追いかけようとする無理が祟っているのですから、いい加減、己の限界を自覚しないといけません。
しょせんフランスはフランス革命しかできなかった近代の鬼っ子国家なのです。
EUの未来はフランスの決断にかかっている
今後のEUを左右するのはUKではなくフランスの胸先三寸。
浮気(仏独主導のEU)をやめて、元さや(英仏主導のネーション・ステート体制)に納まれるのか否か。究極の選択がつきつけられています。
フランスに残された時間は少ないと思います。
メディアが喧伝するように追いつめられているのはUKなのでしょうか?そうではないでしょう。焦っているのは、近代に入ってつねにブリテンの後塵を拝してきたフランスの方です。彼らのプライドはズタズタ。心中穏やかならざるものをもう200年以上も抱えて生きてきたのです。
英仏ははじめフランス優位で始まりました。11世紀のノルマン・コンクエストです。以来、他人のようで他人でない義兄弟のような関係を続け、つねにナンバーワンを競いながら世界をけん引してきました(悪く言えば、中東はじめ世界をイデオロギーと宗教対立の泥沼に引きずりこんできました)。
そのフランスが覇権争いから脱落したきっかけはフランス革命でした。王政の否定は中途半端、「理性の王国」のはずが現実はナポレオン帝政。フランスは、イングランドのように伝統と折り合いをつけて中庸の道を歩む知恵を決定的に欠いるているのです。
いま試されているのはフランスが200年の迷走から覚醒し、正気に戻れるかどうかに他なりません。
Are the French ever going to come to their senses?
フランスは正気を失って久しい国です。ケチのつき始めは17~18世紀のアーリーモダン。
イギリスは1688年の名誉革命で他に先駆け近代の政治システムを確定させました。フランスは憧れにも似た気持ちで啓蒙時代を迎え、フランス版の近代化を敢行。1789年のフランス革命です。
英仏の格の違いは伝統に対する態度に如実にあらわれています。ローマの長女のプライドに甘んじたフランスに対し、早々にローマを追い出したイングランドは独自路線を歩み、自由主義を生んで発達させ、宗教改革の波に対してはイギリス国教会の設立という中庸(妥協)路線で答えました。
議会君主政という智慧
イングランドという国は進取の気性に富むのですが、決定的なポイントで保守的です。だから名誉革命の結果、議会君主政(parliamentary monaarchy)という巧妙なシステムを確立できたのです(日本はこれに見習って正解でした)。
議会君主政は国教会と同じく王政という伝統を否定せず、王を「名誉会長」職につけたのです。
フランスはイングランド以上のカトリックだった国柄です。教皇とその取り巻きへの怒りで伝統への敬意を見失い、とうとうアンシャンレジームを否定。王族を絞首刑にかけて王政廃止。
ローマの長女は糸の切れた凧。急進リベラル国家に生まれ変わると、理屈を理性と言い募り、世界に思想の害毒をまき散らしました。ライシテのような極端な政教分離を国是としたのもそのせいです。
一方でフランスは社会主義揺籃の地でもあったため、20世紀に入ると共産主義、マルクス主義との「連動性」を高めます。マルクスが、ローマ時代に開かれた仏独国境の古都トリアーで生まれたのは象徴的出来事です。
フランスはいうほど個人主義の国ではない
フランスの行動は自分本位には見えません。その根っこで、つねにイギリスへの対抗心、密かなあこがれがフランスを駆っています。
レジスタンスで戦ったばかりの仇敵ドイツと組むというリスクを冒してまで欧州を引っ張りたい。それは「理性」的というより、追いつめられた糸切れ凧の悪あがきです。しかし、それ以外に水をあけられたアングロ・アメリカ陣営(Anglosphere)の独走に待ったをかける手段はなかったのでしょう。
このように、EUというのは大陸ヨーロッパの対イギリス政策の側面が強く、Brexitがあってもなくてもイギリスは遅かれ早かれ離れていったでしょう。フランスに、英独主導という質の悪い同盟関係の解消を促すためです。
いわば武士の情け。イギリスはフランスが嫌いではないのです。