E.N.R. クリプトモネダス

"Everybody Needs A Retreat." - 雑記帳

コロナショック02:オセロ返しで "社会主義化" する世界

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格差は「暴力」でしか解消しえない

人口統計学を駆使した『暴力と不平等の人類史』(ウォルター・シャイデル著)なる本がある。さわりを勝手に紹介すると・・・

 

人類の富は放っておけば偏在する方向へ動き、貧富の格差が臨界点に達すると戦争、革命、国家崩壊、疫病などが起きて、その都度、格差が解消される。だが平和になるとまた富の集中が始まる、人類はこれを繰り返してきた。

 

富の偏在は「暴力」でしか解消しえない。この指摘は身も蓋もない。自由主義でも民主主義でもいいが、人間が脳みそで描いた理念やイデオロギーなど何の使い物にもならない、とのご託宣なのだから。

 

 

しかし、この人類史の鉄則を重視するなら、現在進行中のコロナウイルス禍は、1%vs99%を是正するきっかけになる可能性が高い。禍福はあざなえる縄のごとし、である。大いに禍を利用して、よい結果をもたらす努力をあきらめるべきではない。

 

AIも新種の「暴力」か?

現代では、もうひとつAIという「暴力」も考慮に入れるべきかもしれない。というのも、現在の新自由主義的思潮の下でAIを普及させていくと超管理社会の出現を予感せざるをえないからだ。

AIが、疫病や戦争などとは次元の違ういわば「暴力2.0」として、歴史家ユヴァル・ハラリの指摘するような「有用者」と「無用者」の階級社会に奉仕する手段になる悪夢である。

そうなれば、新自由主義はかつてソ連が実現した共産主義の悪夢ー一党独裁による圧倒的な人権蹂躙と殺戮ーと同じことに帰結することとなる。

実際、表向き共産主義でその実資本主義国家の中国はいま、AIで国民を監視して独裁統治を強化する方向に動いており、先進諸国のひんしゅくを買っている。

が、日欧米の先進諸国も余裕をかましている場合ではない。もはや、打ち出の小槌で金融経済を支えてきたQEが機能不全に陥りつつある。

慣性の法則は巨大だから、コロナ終息後は性懲りもなくバブルの徒花を咲かせる確率が高いものの、だから万事OKというわけにはいかない。

新自由主義脳の為政者たちは、中国を差別化するつもりで、自由陣営版の超管理国家を目指してしまうのではないか?悪夢転じて正夢となる恐れがないとも言えないのだ。

 

メンタルなミニマリズム

コロナ禍は早晩終息するだろう。でもその過程で世界経済も、そこに住まう人々の意識も深刻なダメージを受ける。ポストコロナの世界はもはや誰も新自由主義の夢物語に乗ってこない。技術を開発する代わり売り買いすることで繁栄してきたソフトバンクが危ないというのは象徴的ではないか。

死の恐怖を経た人間は安定と安全をより強く求めるようになる。あるいは、いまよりもっとミニマリズムを徹底するように動く。孤に閉じたミニマリズムが幻想とわかるのだから、今度はモノの次元でなく、メンタル、魂の次元でのミニマリズムが求められていくだろう。きっと禅が流行り、仏教全般が見直されるだろう。

必然的に保守主義が社会の安全弁として定着していく。さしあたっては、リベラルな不満分子をネトウヨと呼ぶような錯誤が影を潜め、いまよりは住みやすい社会になるだろう。

こうしたことは隠者文化をもつ日本、利休のわびさびを愛でる日本の得意分野である。日本には追い風が吹いているのである。オリンピックなどやらなくても注目されざるをえない流れができつつあるのだ。

 

 

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オセロ返しの世界

ポストコロナ社会はオセロゲームのように既存の黒が白に裏返る世界になる可能性が高い。

ブレクジットやトランプのユニラテラリズムが新時代の予兆だったことが今になってわかるわけだ。人々はこの動きを、単なるグローバリズムへの反動として捉えることが多かったが、英米の本音はそんな理念的なものではなかろう。

リーマンショックで自分たちの推進してきた路線の限界をさとって、いち早く逃げ出したというのが実情ではないか。

つまり、新自由主義は個人の自由の希求のはずが、自由を追求すればするだけ大多数の首がしまる「リバース共産主義ともいうべき危険思想だったことが判明したわけだ。臨界点を超えれば庶民は暴れだし、国家は統治できなくなる。その危険をアングロサクソンはいち早く察知したというわけだ。

引きこもるアメリカ?

サンダースを支持するアメリカの若年層は社会主義全体主義的志向を理解していない。それはアメリカ建国の趣意に矛盾するが、逆に言えば、若者にとっては今日明日食えることのほうが大事なのだ。新自由主義がそこまで彼らを追い詰めたのである。

この若年層の基調意識は未来のアメリカ社会を予言している。象徴的には、国防費の一部が社会保障費に転換されるだろう。今回のコロナショックで死の恐怖に目覚めた国民は、国民健康保険のようなセーフティネットを本気で求めていくだろう。

それはアメリカの国家としての成長である。ようやくイギリスや日本の気持ちがわかるようになるからだ。ブロック化経済世界でアメリカと組むことになる日英にとってはそう悪い話ではないだろう。問題は相応の軍事費負担をしなければならないことか。

 

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国有化=社会主義化の波

で、結局、ポストコロナの世界はどうなるのか?

大筋は新自由主義的価値観のオセロ返しである。カネ、カネ、カネの世界からメンタル重視、内面生活の充実へと軸足が移る。

QEのツケで傷んでしまった経済をQEで立て直すことは無理筋なので、各国政府は小さな政府と緊縮財政の政策パッケージを捨て、財政出動などで政府支出を増やす以外ない。世界的な国有化、「社会主義」国家化の波である。

実際その動きは世界のあちこちですでに起きている。日銀などもせっせとETFを買いあさり、事実上、上場企業群のオーナーになりつつあるではないか。含み損がなんぼに膨らんだなんて心配はいらん。売らなければいいだけの話である。

今後はマルクスフリードマンに代わってケインズに関心が集まっていくだろう。あるいはポスト資本主義世界を夢想したマルクスも、危機分析の思想家として改めて読まれるかもしれない。

EUのような統合体よりは主権国家という枠組みが信用されるようになるだろう。結局、巡り巡ってもう一度、主権国家群の競い合う「戦国時代」に逆戻りするわけだが、もちろん世界はすでにグローバル化していて、相互依存関係をばっさり切って捨てるわけにはいかない。

そうなるといちばん考えられるのは、仲のいい同士、気の合う同士で融通しあうブロック経済化の波だ。もはやイデオロギーの対立ではまとまれない。まとまるとすれば、「価値観」という至極曖昧模糊としたお題目しかないだろう。

 

日本には追い風

日本もいいかげん周回遅れの新自由主義路線はさっさとドブに捨てないと置いてきぼりをくらうぞ。

というより、この世界の激変は二世紀半も鎖国した経験を誇る日本には天与の追い風だろ。ソフトだけで商売できるかもしれないよ。